1. 構造化PEG分子の開発

タンパク質凝集抑制効果を有する三角形PEG分子

ポリエチレングリコール(PEG)は、非イオン性の水溶性ポリエーテルです。毒性が低いなどの特徴を有し、有機化学だけでなくタンパク質化学や医薬品・日用品開発など幅広い分野で用いられている物質です。PEGは直鎖状分子で、分子量によってその物理化学的性質が変わることが知られています。
 ここで我々は、PEGに二次元・三次元的な「形」を持たせることで、新しい性質が現れるのではないかと考え、この大胆な発想から左に示す三角形PEG分子を開発しました。この分子は3本のテトラエチレングリコールを3つのペンタエリスリトールで連結した環状構造であり、限りなくPEGの骨格を維持したまま三角形に構造化されています。3つの頂点に、PEG同様、水酸基を有する点も特徴です。
 PEGのエチレンオキサイド部分は、室温、水中でほとんどがゴーシュ形をとっていることが知られています。ここに熱が加わると一部がアンチ形に変化します。アンチ形のエチレンオキサイドはゴーシュ形に比べ極性が低いことから、PEGは温度上昇に伴って極性を低下する、つまりより疎水的になります。同様の性質を三角形PEG分子も有することが確認できました。この温度上昇による疎水化のため、三角形PEGがある温度で水に不溶になる、つまり脱水和されると考えられます。この脱水和温度を、分子量がほぼ同じ通常の直鎖状PEGと比較したところ、興味深いことに三角形PEG分子の脱水和温度のほうが顕著に低いことが分かりました。これが、PEGを構造化することで現れる一つの特徴と言えます。
 さらに、この三角形PEG分子がタンパク質の熱凝集を効果的に抑制する効果を有することも明らかにしました。リゾチームなどのタンパク質を水に溶かし加熱すると、タンパク質は凝集します。これは、熱によりタンパク質が変性し、分子間で疎水性相互作用が働くためです。ここで、三角形PEG分子をリゾチームの水溶液に混ぜると、98℃で30分加熱しても一切凝集は見られませんでした。室温に冷却後、80%以上の酵素活性が回復したこともこのことを裏付けます。分子量がほぼ同じ直鎖状PEGを用いた場合、このような凝集抑制効果は見られません。従って、このタンパク質を安定化する機能も、PEGを構造化することで現れるものです。疎水化した三角形PEG分子が変性タンパク質と相互作用することで凝集が抑制されていると考えられ、この点に、より低い温度で脱水和する三角形PEG分子の性質が活かされていると考えています。
 冒頭に述べたように、PEGは生体親和性が高い物質です。従って、PEGを主骨格とする機能性分子は、生体に対し応用できる可能性を十分に秘めています。PEGを構造化することで新たな性質、機能が現れるという本研究の知見は、この可能性を広げる新しい方法論になると期待されます。Angew. Chem. 2013)

A Structured Monodisperse PEG for the Effective Suppression of Protein Aggregation
Takahiro Muraoka, Kota Adachi, Mihoko Ui, Shunichi Kawasaki, Nabanita Sadhukhan, Haruki Obara, Hidehito Tochio, Masahiro Shirakawa, and Kazushi Kinbara
Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 2430–2434. [Selected as a "Very Important Paper (VIP)" and a Back Cover]

Thermal-Aggregation Suppression of Proteins by a Structured PEG Analogue: Importance of Denaturation Temperature for Effective Aggregation Suppression
Takahiro Muraoka, Nabanita Sadhukhan, Mihoko Ui, Shunichi Kawasaki, Enrikko Hazemi, Kota Adachi, and Kazushi Kinbara
Biochem. Eng. J. 2014, 86C, 41–48.

芳香環を導入した両親媒性PEG分子を開発したところ、水中で加熱すると白濁する興味深い性質を持つことが分かりました。これは、上述通り、エチレンオキサイド骨格のコンフォメーション変化による、疎水性の上昇に起因していると考えられます。この現象を詳細に調べたところ、白濁する温度(曇点)が温度上昇時と下降時とで異なる、ヒステリシスを示すことが分かりました。位相差顕微鏡観察等の結果から、温度上昇時にはマイクロメートルスケールの相分離が起きていることが分かりました(下右写真)。一方、温度下降時には、このマイクロメートルスケールの凝集体が溶解する前に、凝集体同士の会合が起きることが観察され、これがヒステリシス現象の要因だと考えられます。
 さらにこの相分離を利用して、タンパク質断片の選択的抽出を試みました。BSAトリプシン消化物の水溶液に対し、両親媒性PEG分子を加え、40 °Cに加熱することで相分離させました。遠心分離後、両親媒性PEG分子層を回収し、抽出物を質量分析により調べたところ、疎水性アミノ酸、または芳香族性アミノ酸を多く含む断片が選択的に抽出されていることが分かりました。このことから本系が、ペプチドミクス解析においてひとつの有効な前処理方法であることを示すことが出来ました。

Protein Stabilization by an Amphiphilic Short Monodisperse Oligo(ethylene glycol)
Nabanita Sadhukhan, Takahiro Muraoka, Mihoko Ui, Satoru Nagatoishi, Kouhei Tsumoto, and Kazushi Kinbara
Chem. Commun. 2015, accepted.

Thermodriven Micrometer-Scale Aqueous-Phase Separation of Amphiphilic Oligoethylene Glycol Analogues
Shunichi Kawasaki, Takahiro Muraoka, Haruki Obara, Takerou Ishii, Tsutomu Hamada and Kazushi Kinbara
Chem. Asian J. 2014, 9, 2778–2788 (Selected as the Back Cover).

Thermoresponsive Self-assembly and Conformational Changes of Amphiphilic Monodisperse Short Poly(ethylene glycol)s in Water
Nabanita Sadhukhan, Takahiro Muraoka, Daisuke Abe, Yuji Sasanuma, Dwiky Rendra Graha Subekti and Kazushi Kinbara
Chem. Lett.
2014, 43, 1055–1057.

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